チャート式ポップカルチャー

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(コラム)ceroの『POLY LIFE MULTI SOUL』を聴いて想起したいくつかの事

以前、椎名林檎さんと宇多田ヒカルさんについてブログを書いた際、98年の世代について触れました。

98年の世代というのは、椎名林檎さんや宇多田ヒカルさんらが同時期に登場したように、新しい感覚を持ったスーパーカーくるりナンバーガールといったバンドが同時期に現れたことにより付けられた総称です。

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上記の記事でも、98年に小沢健二さんがニューヨークに旅立ち、ニューヨークからは宇多田ヒカルさんが日本にやってきたというのは象徴的であると書いたのですが、もうひとつ注目するならば当時のレディオヘッドの『OK Computer』と『Kid A』というアルバムの影響力です。

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97年にリリースされた『OK Computer』が98年の世代にとって影響力があったことは想像に容易いのですが、『Kid A』の日本での発売日である00年9月27日以降にリリースされたアルバムを羅列してみると、スーパーカーの『Futurama』(00年11月22日)やくるりの『TEAM ROCK』(01年2月21日)、ナンバーガールの『NUM-HEAVYMETALLIC』(02年4月26日)、椎名林檎さんの『加爾基 精液 栗ノ花』(03年2月23日)、更にそこに菊地成孔さん率いるデートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンの『アイアンマウンテン報告』(01年8月10日)やコーネリアスの『POINT』(01年10月24日)、小沢健二さんの『Eclectic』(02年2月27日)を加えてみると、直接的な影響は無くとも『Kid A』以降の共通する空気感というものを感じられるのではないでしょうか。

 

一方その頃ニューヨークでは、97年頃にスタートしたディアンジェロの『Voodoo』の制作に集まったメンバーがソウルクエリアンズを結成します。

ウルクエリアンズとはザ・ルーツのクエストラブを中心とする音楽集団なのですが、ディアンジェロを始め、ジェイムズ・ポイザー、J・ディラピノ・パラディーノ、コモン、モス・デフ、タリブ・クウェリ、エリカ・バドゥ、ビラル、ア・トライブ・コールド・クエストのQティップ、ロイ・ハーグローヴラファエル・サディークという非常に豪華な面々が参加しています。

 

その成果は99年のザ・ルーツの『Things Fall Apart』を皮切りに、ディアンジェロの『Voodoo』、コモンの『Like Water for Chocolate』、エリカ・バドゥの『Mama's Gun』などの名盤を相次いで生み出すのですが、02年のコモンの『Electric Circus』以降その活動は止まり、事実上自然消滅していきます。 

先程挙げた小沢健二さんの『Eclectic』はこのソウルクエリアンズの活動からの影響が強く、特に『Voodoo』からの影響は非常に大きいものだと言えます。 

 

もちろん、このソウルクエリアンズの影響はそれだけでなく、特にJ・ディラのヨレたビートがジャズに影響を与え、それまでは打ち込みでしか表現できなかったような複雑なリズムを演奏するドラマーが登場してきます(また『Kid A』と同時に制作されていたジャズに接近した『Amnesiac』の再評価も同時期に起こり始めます)。

その代表がロバート・グラスパー・エクスペリメントのクリス・デイヴなのですが、14年の末にディアンジェロが14年振りの新作『Black Messiah』をリリースした際には、クリス・デイヴがバンドメンバーとして参加していたことを考えると、先祖返りしたとも言えるのではないでしょうか。

 

さて、ceroの前作『Obscure Ride』は全世界的に観ても、ディアンジェロの『Black Messiah』に対する返答としては非常に早いものでした。

これは小沢健二さんの『Eclectic』を参照していたからこそのスピード感だったと思うのですが、『Eclectic』が『Voodoo』への回答だったとすると(椎名林檎さんの兄、椎名純平さんの「世界」という更に早い回答もありますが)、そういった部分でも正当な継承だと言えます。

 

そして、先月リリースされたceroの新作『POLY LIFE MULTI SOUL』は、前作で取り入れたディアンジェロロバート・グラスパーといった同時代の様々なブラックミュージックのリズムやビートへの傾倒を更に推し進め、ポリリズムやアフロビートを積極的に取り入れながらもダンスミュージックの方向へ振った作品となっていました。

今作の参照元としては菊地成孔さん率いるDC/PRGからの影響は相当大きなものだと思うのですが、実際今作のサポートメンバーである小田朋美さんは現在のDC/PRGのメンバーであり、再稼働したスパンク・ハッピーのヴォーカルでもあり、今作において非常に重要な存在となっています。

 

というように、ここ2作連続して00年代前半を発端とした音楽を参照にしているので、いよいよ00年代のリバイバルも来ているのかと思ったりもするのですが、00年代から根強く続く80年代リバイバルの勢いはまだまだありますし、そもそも菊地成孔さんよろしく90年代ノットデッドなのではと思ったりもしますし、00年代は現在との地続きで存在するような感覚もあり、その全てが存在しており、時に絡み合っているのではないかと考えています。

 

事実、『POLY LIFE MULTI SOUL』には98年の世代以前のバンドのフィッシュマンズを思わせるコーラスがあったり、前述したような00年代前半の雰囲気もあったり、更にはアフロミュージックへの接近は『ブラックパンサー』でのケンドリックラマーやチャイルディッシュ・ガンビーノらの現在の最新の音楽とも共振するもので、それこそが『POLY LIFE MULTI SOUL』というテーマそのものなのだなと思います。

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