チャート式ポップカルチャー

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(コラム)『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で振り返る90年代ポップカルチャー

去る9月16日、安室奈美恵さんが引退しました。

 

安室奈美恵さんと言えば、小室哲哉さんプロデュース時期には90年代の小沢健二さんやSMAPと並び、いち早くJ-POPにクラブカルチャーを取り込んだ曲をヒットさせた存在であり、またそのファッションや生き様もアムラーを始めとするギャル文化を牽引するような、まさしくカリスマと呼ぶに相応しい存在でした。

そして、小室哲哉さんのプロデュースから離れた後も最新の海外の音楽とシンクロするような音楽性で常に一番新しい曲が一番格好良いと言えるようなアーティストでした。

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引退してしまうことで、その一番格好良い曲というのが更新されることは無くなってしまいましたが、この25年間の活動はこれからも残っていきます。

その最たるものが、国内の音楽映像ソフトの売り上げ記録を更新した『namie amuro Final Tour 2018 〜Finally〜』だと思いますし、また現在公開されており、引退前の小室哲哉さんが音楽を担当したことでも知られる大根仁監督による『SUNNY 強い気持ち・強い愛』でも、一瞬ですが安室奈美恵さんが引退するというニュースとして劇中で本人の映像が使われているように、今後も平成のポップカルチャーの代表のように何度も振り返られることとなるでしょう。

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さて、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は日本では2012年公開の韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』のリメイク作品であり、原作が80年代後半のソウルを舞台にしているのに対し、リメイク版では90年代中盤以降の東京を舞台に描かれています。

 

原作となる『サニー 永遠の仲間たち』は今年日本でも公開された韓国映画『タクシー運転手 約束は海を超えて』や『1987、ある闘いの真実』(2本とも傑作映画です)で描かれたような、チョン・ドゥファン政権下における光州事件以降の民主化運動の最中で青春を過ごした少女たちと現在を生きる女性を描いた傑作青春映画であり、個人的には同年の日本で公開された『桐島、部活やめるってよ』との2本がきっかけとなり映画を観るだけではなく、映画評論をするラジオや文章に触れ始めたこともあるので、そういった意味でも非常に思い入れのある映画となっています。

 

SUNNY 強い気持ち・強い愛』はそういった思い入れのある映画のリメイクであり、もう一方では小沢健二さんの曲がタイトルや主題歌に使われているという点で非常に期待値のハードルが高い中で観てしまったのですが、90年代のコギャル文化が刻印された映画としてであったり、安室奈美恵さんや小室哲哉さんの引退とも重なるという意味で様々な付加価値があったりもするのですが、個人的には違和感を感じてしまう部分も少なくない映画だったのは正直なところです。

 

一番大きな点で言うと、東京の90年代と日本の90年代というのが曖昧模糊として描かれており、田舎から都会に出てきたことによるカルチャーギャップが、特に音楽に関してはズレているように感じました。

 

例えば、2010年に刊行されたBRUTUSの30周年記念号における菊地成孔さんによる記事では渋谷系小室ファミリーは対偶概念として書かれています。

また2014年に刊行されたGINZAでのスチャダラパーが90年代を振り返ったインタビュー記事では、渋谷系とは川勝正幸さんと繋がっているものと定義しており、またそれに対するマスとして小室ファミリーアムラーが挙げられていることからも、同時代の空気感は共有しながらも別文化圏であったのだろうと想像が付きます。

更に今年は川勝正幸さんも触れていた岡崎京子さん原作の『リバーズ・エッジ』が行定勲監督により映画化されたこともあり、その対比からしてもどうしても『SUNNY 強い気持ち・強い愛』が90年代の東京にフォーカスを絞った映画ではなく、90年代の日本をソフトフォーカスで描いた様に思えてしまいます。

 

であるからして、小沢健二さんの「強い気持ち・強い愛」が流れてくればパブロフの犬の様に興奮はしてしまいますが、少なくともこの映画のタイトルや主題歌に使うのは違ったのではないかと思うのです(更に言えば、劇中で説明されるこの曲の選曲理由に説得力と愛情が感じられないのはもっと問題だと思います)。

という様に、いつの時代も日本全体のカルチャーと、東京のカルチャーを一纏めにするというのは齟齬が生じてしまうように、この映画でもそういったことが起こっているのではないでしょうか。

 

とはいえ、原作映画や小沢健二さんへの思い入れが強い個人的な意見ですので、安室奈美恵さんや小室哲哉さんの音楽やコギャル文化に思い入れがあるという方が観るとまた違った印象になるのかもしれません。

90年代の日本、そして逆説的に東京とは何だったのかと考えさせられる映画ではありますし、名作を原作に持つ映画として観比べられるという楽しみもあるので、映画館のスクリーンで安室奈美恵さんの勇姿を観られる最後のチャンスかもしれませんし、劇場で観るのがオススメです。