チャート式ポップカルチャー

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(コラム)椎名林檎と宇多田ヒカルは日本を代表するプロデューサーチームになりうるか

東芝EMIガールズというグループはご存知でしょうか。

 

東芝EMIガールズとは椎名林檎さんと宇多田ヒカルさんが結成したユニットのことで、1999年10月8日に赤坂BLITZにて行われた新人発表イベント『ミュージック・トークス 99』にて、カーペンターズの「i won't last a day without you」のカバーを披露しました。

その後、2002年に発表された椎名林檎さんのカバーアルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』に宇多田ヒカルさんと新たにレコーディングされた同曲が収録され、2016年には宇多田ヒカルさんのアルバム『Fantôme』に収録された「二時間だけのバカンス」でも共演しています。

 

さて、2018年というのは宇多田ヒカルさんや椎名林檎さんのデビュー20周年となる年です。

宇野維正さんの著作『1998年の宇多田ヒカル』で語られる様に、aikoさんや浜崎あゆみさんなどがデビューしたのも同年の1998年であり、ロック好きの視点からすると98年の世代と呼ばれる、スーパーカーくるりナンバーガール、ドラゴン・アッシュ、中村一義さん、七尾旅人さんなどが活躍し始めるのもこの頃で、音楽好きにとって思い入れのあるミュージシャンが多い時期なのではないでしょうか。

 

例えば、90年代初頭から中盤にかけて盛り上がった渋谷系フリーソウルといった音楽は、当時の世界一レコードショップが密集していた渋谷区宇田川町という音楽的教養の豊かな土地が産んだ、東京ならではの音楽でした。

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一方、先に挙げたミュージシャンの多くは地方を出身としています。

これはタワーレコードHMVといった外資系レコードショップが全国展開し、地方でも古今東西の音楽のバックカタログが充実したことが大きいのではないでしょうか。

また、レコードショップ文化と結び付きが強く、当時はまだ東京ローカル文化としての面も強かった日本のヒップホップシーンでも、98年には札幌のザ・ブルーハーブがデビューするわけで、その流れと重ねてもよいのかもしれません。 

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更に象徴的なこととして、同年には渋谷系の中心人物であった小沢健二さんがニューヨークへ旅立ち、入れ替わるようにしてニューヨークから宇多田ヒカルさんがやってきます(00年代のニューヨークで生活をしていたというのは小沢健二さんのその後の凄みにも繋がってくる訳ですが、それはまた別の話です)。

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さて本題に戻ると、椎名林檎さんはデビュー直後から広末涼子さんやともさかりえさんに楽曲を提供していました。

その後のブレイクにより一時は提供曲が無くなっていましたが、デビュー10周年を迎えた辺りからまた提供曲が増えていきます。

 

その提供曲をセルフカバーしたのが『逆輸入 〜港湾局〜』と『逆輸入 〜航空局〜』の2枚のアルバムです。

このアルバムに収録された曲の提供した相手を並べると、PUFFYTOKIO広末涼子さん、栗山千明さん、SMAP野田秀樹さん、ともさかりえさん、真木よう子さん、高畑充希さん、石川さゆりさん、林原めぐみさん、Doughnuts Hole(坂元裕二さん脚本の『カルテット』の出演者の松たか子さん、満島ひかりさん、松田龍平さん、高橋一生さんによるユニット)、柴咲コウさんという非常に豪華な面々であると共に、椎名林檎さんがロック的なイメージに留まらないポップカルチャー全体に目配せしていることがわかります。

 

そして、5月23日には彼女の20周年記念の大きな目玉となるトリビュートアルバムがリリースされます。

参加ミュージシャンは宇多田ヒカル小袋成彬、レキシ、MIKA、藤原サクラさん、田島貴男さん、木村カエラさん、三浦大知さん、ライムスター、AIさん、井上陽水さん、私立恵比寿中学、LiSAさん、松たか子さん、そして亀田誠治さんのプロデュースによるtheウラシマ’S(スピッツMr.Childrenとアジアン・カンフー・ジェネレーションと雨のパレードのメンバーからなるバンド)と、こちらも非常に幅広く豪華な面々となっています。

theウラシマ’Sはもちろん楽しみなのですが、この文脈ではどうしても宇多田ヒカルさんと小袋成彬さんの「丸の内サディスティック」が1番の楽しみなのは言うまでもありません。

 

そんなセルフカバーアルバムやトリビュートアルバムが20周年記念の活動の導入となったのは、椎名林檎さんが以前から言っている「表舞台での活動よりも職業作曲家としての活動を優先させたい」といったことを実現しているようにも思えますし、東京オリンピックの委員会での活動も含め、個人よりも大きな視点で活動したいという思いもあるからなのではないでしょうか。

 

一方、人間活動からの復帰以降の宇多田ヒカルさんが初めてリリースしたアルバム『Fantôme』にはゲストミュージシャンを3人招いており、それが椎名林檎さんとKOHHさんと小袋成彬さんでした。

他にも「光」のリミックスをPUNPEEさんに依頼したり(ネットで配信された番組『30代はほどほど』にゲストとして呼ばれていたのもPUNPEEさんとKOHHさんでした)、2017年に配信でリリースされた楽曲には、ディアンジェロロバート・グラスパーのドラマーとしても活躍する、現状ナンバーワンドラマーといっても過言ではないクリス・デイヴを招くなど、同時代の優れたミュージシャンと共闘していこうとするモードが伺えます。

 

先に挙げたKOHHさんは2016年にはフランク・オーシャンの『Boys Don't Cry』というジンに付属されたバージョンの『Blonde』に参加していたり、日本よりも海外で評価が先行しているラッパーですし、先述したPUNPEEさんによるリミックス「光 (Ray of Hope MIX)」は全米iTunesチャートで日本人アーティスト最高位となる第2位を記録するなど、日本だけに留まらない視点があることも重要かもしれません。

 

そして、今年の4月25日には宇多田ヒカルさんプロデュースによる小袋成彬さんのデビューアルバム『分離派の夏』がリリースされます。

先行曲を聴く限りフランク・オーシャン以降のモードで、ジェイムス・ブレイクらのポスト・ダブステップを更新している様な印象があり、更にアルバム収録曲にはクリス・デイヴも参加しているとなると、デビューアルバムだとは思えない程の破格の豪華さだと、宇多田ヒカルさんのプロデュース力の底知れなさを感じることができます(もちろん、小袋成彬さんの才能があってこそですが)。

 

というように、この2人が現在の日本のポップミュージックの大きな担い手となっていることは言うまでもないというのが現状なのですが、自身が表現者として音楽を作る際、バンドにこだわりを見せてきた椎名林檎さん、そして対照的に作曲からアレンジまで全てコンピュータ1台でも作り出してしまう宇多田ヒカルさんが、それぞれ違った方法論でポップカルチャーを更新しようとしているのがここ数年ではないでしょうか。

 

さて、2014年に椎名林檎さんと宇多田ヒカルさんとの間にこんな風なやり取りがありました。

「ヒカルちんとのEMIガールズ、まずLIVEから始めるってのもオツではありませんか 早く取り組みたい!」

「EMIガールズ、ライブから始めるの面白そう!今までライブ想定しながら作曲・レコーディングしたことないからそういうアプローチ惹かれる」

 

更には、椎名林檎さんの今年から始まったツアーの来場者アンケートには20周年の活動にどんな活躍を期待しますかという設問に、スペシャルユニットという選択肢がありました。

東芝EMIガールズは日本を代表するプロデューサーチームになりうるか、はたまた日本の音楽シーンを代表するスペシャルユニットになるのか、これからの動向が非常に気になるところです。