チャート式ポップカルチャー

チャートやプレイリストから現在のポップカルチャーを眺めるブログ

(コラム)アリアナ・グランデ「thank u, next」が示した未来への指針

今年のアメリカの音楽シーンを振り返ってみると、2016年のトランプショックをピークとする社会的/政治的な不安/混乱に目を向けた問題定義と現在の理想像を自問自答する音楽表現が目立った年だったと言えます。

そして、その自問自答のある種の回答が見えてきたというのも2018年の音楽シーンだったのではないでしょうか。

 

具体的にはビヨンセのコーチェラでのパフォーマンス、いわゆるビーチェラを頂点とし、音楽に限らず近年のポップカルチャーを俯瞰するような立場にあるチャイルディッシュ・ガンビーノの2つのMV「ディス・イズ・アメリカ」と「フィールズ・ライク・サマー」が持つ痛切なまでの鋭い批評性や、ジャネール・モネイが『ダーティー・コンピュータ』で描いた多様性に対する強い肯定、更には『ブラックパンサー』のインスパイアアルバムでも注目を浴びたケンドリック・ラマーがピューリッツァー賞を受賞したことが象徴的であるように、2018年の先鋭的な音楽というのは音楽以外のカルチャーとフレキシブルに結びつきながら社会/政治の映し鏡として機能していました。

そういった表現に含まれる自問自答や現在の理想像であろうとする強い決意に満ちた表現が2018年の先鋭的な音楽に通底していたように思えます。

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一方、ヒットチャートを眺めるとドレイクの一人勝ちと言わざるをえないのが現状ではないでしょうか。

1年のシングルチャートの内、合計29週もの首位を獲得し、ザ・ビートルズマイケル・ジャクソンらの全盛期でも成し得なかったような大記録を打ち立てました。

ドレイクは『モア・ライフ』というプレイリストでいち早くサブスクリプションサービスに最適化させたような作品をリリースしたミュージシャンであり、またSNSをはじめとするネットでのセルフブランディングにも長けたミュージシャンです。

そんな彼が新自由主義的とも言える一人勝ちを納めているというのは、柴那典さんの著書『ヒットの崩壊』で書かれた「ロングテールとモンスターヘッド」におけるモンスターヘッドそのものと言えるでしょう。

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さて、そんな2018年に特に印象に残った1曲がアリアナ・グランデの「thank u, next」です。

アリアナ・グランデと言えば、2017年5月22日のマンチェスターのライブの際、自爆テロに巻き込まれてしまったことも記憶に新しいのではないでしょうか。

22人が死亡し、59人が負傷するというとても悲惨な事件でした。

翌月、6月4日には同マンチェスターで「One Love Manchester」と題したチャリティライブを開催しますが、アリアナ・グランデ自身はPTSDを患っていたと言われています。

そんな彼女が今年リリースしたアルバム『Sweetener』はそのセルフセラピー的な内容も含め素晴らしい作品だったのですが、その後も彼女に苦難が続きます。

元カレであるラッパーのマック・ミラーが薬物の過剰摂取により死去、そして婚約発表までしていたコメディアンのピート・デヴィッドソンとの婚約破棄、そんな出来事が連続したアリアナ・グランデが出した1曲が「thank u, next」でした。

 

この曲では前述した元カレたちの実名をあげ、一人ひとりに感謝を告げていきます。

「1人は愛を教えてくれた 1人は我慢を教えてくれた 1人は痛みを教えてくれた そして私は素敵になった」と歌い、過去に対して「ありがとう、さあ次」と繰り返します。

更に、2番になるとアリアナ・グランデ自身と向き合い、自己との対話にも「ありがとう、さあ次」と歌われ、現在に対してそのメッセージが向けられます。

そして、これから訪れるであろう未来に対しても「ありがとう、さあ次」と歌われていきます。

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このアリアナ・グランデの強かさと彼女がここ数年歩んできた苦しかったであろう道のりを鑑みると、この境地に至った彼女の凄みには非常に胸を打たれます。

そんな彼女の「ありがとう、さあ次」というモードは、2018年のある意味行き着くところまで行き着いてしまった音楽シーンのその次をも示す象徴的な1曲になっていくのではないでしょうか。

そして、社会的/政治的な不安/混乱に対してのある種の回答にさえなっていると思います。

今必要なものは「ありがとう、さあ次」という姿勢なのではないでしょうか。